楽しむこと、楽しませることに、いつだって全力。
スズキミさんとの出会いは、今から2年ほど前のこと。「ぬいぐるみのカフェをやっています!」と言うスズキミさんに、わたしの頭の中は「?」でいっぱいになったことを思い出します。今日は、いつも全力疾走している印象のあるスズキミさんを、カフェへ訪ねました。
やわらかん’s cafeを「自分の子どもみたいな存在です」と紹介するスズキミさん。
好きなものは好き!という気持ちを持ち続けて
まずは、やわらかん's cafeがどんなお店なのかを説明していただけますか?
ぬいぐるみの、ぬいぐるみによる、ぬいぐるみのためのミニチュアカフェです。お客様はぬいぐるみ、迎えるスタッフもぬいぐるみです。
ぬいぐるみのお客様は宅配便に乗って近くのヤマトの配送所までやって来るので、そこへスタッフがお出迎えをして、カフェまでお連れします。
こちらが送迎係のチューチューさん。黒ネズミがクロネコさんのところへ行くとは、送迎も命がけ。
そもそもなぜ「やわらかん's cafe」を作ろうと思ったのですか?
それはスバリ、ぬいぐるみが大好きだから、です。小さな頃からいつもぬいぐるみと一緒でした。でも10代の頃、「もうぬいぐるみとはさよならよね」って言われて離された経験があるんです。どうしても離れたくなかったけれど、そのときは尻尾だけ切り取って、泣く泣くお別れをしました。
でもやっぱり、「違うよな、好きなものは好きなんだよな」って。ぬいぐるみを作る会社に入ったのもそんな理由からです。
そして今から8年か9年ほど前、まだ会社員だった頃、カレイちゃん(注:カフェの店長さん)がちょっと汚れてしまって、ぬいぐるみをクリーニングしてくれる仙台のみさとソーイングさんを知ったんです。みさとさんはぬいぐるみを生き物として大切に扱ってくれて、それを丁寧にウェブで実況してくれました。自分のぬいぐるみが大切にされている様子、そして喜んでいる姿をウェブで見て、とても嬉しかったことを覚えています。
なるほど。利用者としての感動体験があるからこそ、今もお客様目線でサービスを充実させていくことができているんですね。
記念すべき第一回目の様子を伝えるパネル。テレビ取材も入って大緊張の回だったそう。
やわらかん's cafeといえば「カレイ店長」がナナシノ界隈でも有名です。カレイ店長との馴れ初めは?
私の父が釣り好きな人で、実家には45センチほどの大きなマコガレイの魚拓が飾ってありました。その下で毎日ご飯を食べていて、子どもながらに「お父さんの自慢だったんだろうなー」と。それで、15年ほど前、カサリン(注:葛西臨海公園のこと)でカレイちゃんを見つけたとき、これは父へのお土産にぴったりだと思って連れて帰ったんです。
が、父親は書棚に突っ込みっぱなしで。今思えば、カレイだと思って連れて帰ったけれど、実はヒラメだったから素っ気なかったのか......? 一週間ほどそのままだったので(泣)、見かねて自分が引き取ったのがきっかけです。
一緒にいるうちにだんだんと情が湧いてきて。今となっては父とのいい思い出です(アイシャドーに、ぷっくり唇。ここだけの話、カレイ店長は石原さとみ似だと私は思ってるんですけど、ご本人が聞いたら怒るかな......)。
カレイちゃんに当時の状況を再現してもらいました。さすが、平たいから挟みやすい !?
今を最高に楽しむことが、おもてなしにつながる
やわらかん's cafeでは、カフェに来られたお客様には二泊三日でいろいろな体験を提供して楽しんでいただいていますね。一番思い入れのある企画はありますか?
どれも本当に最高に楽しいので、特にどれが一番というのはないです。ただ、次はまたそれを超えるものを作り出していかないといけないので、「産みの苦しみ」は毎回感じています。
最近はありがたいことに満席が多いんですが、時に定員に満たないことがあると、「募集期間が短すぎたかな」とか「魅力を伝え切れていなかったかな」とか、悔しい思いをして反省しています。
つねに全力投球なんですね。いつも楽しそうなスズキミさんの理由が、ほんの少し垣間見えたような気がします。
会社員時代はキャラクター商品を扱っていて、キャラクターの世界観の中でクリエイティブをするため、プロデュースに自分の色が出せず、どこか無理している部分がありました。やわらかん's cafeでは自分が感じたままの「素」を遠慮なく出せるので、そういう点ではとても楽。自分がやりたいようにお店ができているるので、やりたいことやアイデアが尽きません。
今年の初夏には、御一行が物々交換を体験しにイイトコへ。ぬいぐるみさんたちの目線になって激写するスズキミさんはとてもイキイキとしていました。
ハードな日々を、カフェの中だけはやわらかく
やっていてよかったと思える瞬間は?
カフェを利用されたお客様から感想をいただくときですかね。「すごく楽しかったです。また行きたいです」とか、「夢みたいなやわらかい時間を過ごしました」って感想をいただくことがあります。たぶん現実はやわらかくないんだろうなと。ぬいぐるみ好きにはまだまだ理解者が少なくて、ハードな日々を送っていらっしゃるのかなと想像してしまいます。
カフェの中には現実とは別の、もうひとつの時間が流れているんですね。
はい。私の勝手なこだわりなのですが、理想の職場環境、雇用スタイル、人間関係をぬいぐるみスタッフたちで作り上げています。私はカフェのオーナーですが、オーナーだからといって偉そうにしているのは嫌なので、スタッフのまかない係や掃除係として、自らぬいぐるみスタッフが働きやすい環境づくりに精を出しています。
世の中の会社では大変なこともたくさんあるけれど、やわらかん's cafeは私にとっての「理想の職場」。スタッフが有給を取るといえば気持ちよく送り出してあげるし、雇用形態がアルバイトでも、最前線で大活躍できます。お客様に心から喜んでいただけるのは、そんなベースがあるからこそだと思っています。
大きな窓から明るい日差しが注ぎ込むやわらかん’s cafe。ここでスタッフ一同が精一杯おもてなしをします。
カフェの外に飛び出すやわらかん's cafe
以前、maruca coffeeさんで人間も一緒に楽しめるぬいぐるみカフェを開催していましたが、開催までの経緯などを教えてください。
起業家セミナーの一環で開かれたコーヒー講座の先生がマルカさんで、マルカさんもぬいぐるみ好きということが判明したんです。他のカフェやお店でも企画はするんですが、やっぱりオーナーさんがぬいぐるみ好きだとポイントが高いし、やっていて幸せです。
そこで私の方からマルカさんに企画を持って行きました。お茶会と、花冠づくりと、記者会見。今まで3回の企画を開催しました。ご近所のぬいぐるみ好きの方が来てくれるのが嬉しいですね。次回の内容は未定ですが、またやりたいと思っています。
maruca coffeeさんで開催した花冠づくりワークショップの一コマ。生花で彩るという贅沢な内容に、ぬいぐるみたちの表情も明るく。
それでは最後の質問です。5年後、どんな世の中になっていて欲しいですか?
それはもう、ぬいぐるみを連れて外に出ることが当たり前の世の中になってほしいです。ワンちゃんにそうするように、ぬいぐるみにも普通に話しかけてもらえる世の中に。
この小さいカフェから飛び出して、いつか本物のカフェにぬいぐるみ連れで堂々と入れる世の中になったら、やわらかん's cafeにお客様が来なくなっちゃうかもしれませんね。でも、役目を果たせたのならそれで本望です。
みなさん、今日は取材へのご協力、ありがとうございました!
人がつらい環境にある時にはそっと受け止め、嬉しいことがあった時には一緒に喜んでくれるぬいぐるみたち。スズキミさんは最近、ぬいぐるみとは「大切な誰か」に「本当はこうして欲しかった」という思いを投影する存在なのかもしれない、と考えることがあるそうです。
誰かにとってかけがえのない存在である、ぬいぐるみのためのカフェ。スズキミさんにとってぬいぐるみは心の友だということですが、世のヌイグルミストたちの心の寄りどころとして、やわらかん's cafeがいつまでもあり続けてほしいと願うのでした。
(文責:なおこ)
▪️やわらかん's cafe